【15.10.14】リニア実験線、山梨県笛吹市を調査しました
山梨県笛吹市におけるリニア新幹線事業に係る諸問題への対応
2007年(平成19)から笛吹市内でリニア本線工事が実施され、2010年(平成22年)に工事完了。工事着手から現在に至るまで様々な問題が発生しており、その内容を調査した。
トンネルからの発生水(トンネル湧水)
トンネルが水脈に当たり、トンネルから水が発生している。
発生量:上黒駒9〜10トン/分、三坂町大野寺3〜4トン/分(写真は上黒駒)
普通の川の写真のように見えるが、これはトンネルが水脈にぶつかった為に発生している水(トンネル湧水)の排水のために作られた水路で、流れている水は、100%トンネル湧水。今後、この水は出続ける。笛吹市では高い位置のトンネルからの排水で、トンネルからは自然流下にて出され、河川まで運ばれる。(春日井においては、地下で発生し、それをポンプアップにて排水することになると思われる。)
トンネル湧水は排水前処理されず、発生水がそのまま河川に放流される。幸い、水質に問題はないものの、水に利用価値はない(一部農業用水に充てている。詳細は後述)とのこと。
排水箇所の河川は、排水能力を計算し、トンネル湧水を受け入れても雨水排水に影響しないよう改修が実施されている。
井戸枯れ、沢枯れについて
集落の簡易水道の水源となっていた井戸、8地区10か所が枯渇している。
発生個所はトンネルから2km〜3kmほどの範囲で発生している。トンネルよりも下流域に現象が多かったものの、一部上流においても枯渇が発生している。
事業者(鉄道・運輸機構)の事前調査は、2km圏内で予定されていたが、笛吹市からの申し入れにより、3km圏内に拡大したものの、井戸枯れはこの範囲を超えて発生している。よって、事前の調査は、広範囲にて実施したほうがよいとのアドバイスを受けた。
井戸の枯渇には、井戸の掘り直しや、上水道が近くまで来ている箇所については上水への切り替え等で対応したとのこと。応急対策は迅速に実施されたため、市民生活には大きな影響は出なかった。
沢枯れは河川2系統、天川(テカワ)、金川(カネガワ)が減水している。(枯渇に近い状態)
農業用水を取水していた農地が影響を受けたが、トンネル湧水をポンプアップによって汲み上げる渇水補償や、畑灌(農業用水用の水道)の整備で対応が行われた。ただし、ポンプアップに必要な設備、電気代等の運転コストの補償が実施されるのは30年間のみ、とのこと。30年後は、利用者が自分で管理しなければならない。(法の規定によるとのこと)
これらの問題発生の通報は、笛吹市が窓口となり、事業者に対応を求めた。
トンネル工事時の諸問題
工事車両による影響
土砂運搬ダンプはピーク時で450台/日が通行しており、さまざまな影響が発生した。
笛吹市においては、土砂運搬ダンプのルートは広域農道などを主なルートとし市街地の通行はほとんどなかったので、市民生活への影響は抑えることができたとのこと。
以下、生じた影響の詳細。
騒音、振動
トンネル掘削工事による騒音や振動の影響はほとんどなかったが、トンネル発生土を運搬する車両(土砂運搬ダンプ)による振動の影響があった。
道路の損壊、家屋や門塀のひび割れ等。いずれも補償にて修復がなされている。
ただし、道路の補修については、土砂処分場に向かう往路側の車線の、損壊がひどい場所にのみ実施。
交通安全
すべての車両に通し番号を表記させ、問題等があれば通報し指導する体制がとられた。速度は30km/hに制限。歩行者に対してクラクションは絶対に鳴らさない。交通誘導員も、歩行者優先を徹底。笛吹市の窓口には毎日なにがしかの通報が寄せられ、事業者への指導を徹底した。
残土処理について
工事発生土(残土)は、県有地になっている境川の二つ沢(ハザマン沢、八乙女沢、いずれも笛吹市内)に埋め立てて処分した。
残土の量160万立米
埋め立て面積21.8ヘクタール
残土によって生じた広大な土地は、山梨県が宅地として開発するという計画があったが、計画は中止となり、いまだ利用方法が決まっていない。(市内で実施された自転車競技大会の臨時駐車場としては重宝したとのこと) 場所によってはかなりの雑草が繁茂しており、雑然としていた。
リニア走行に伴う影響
騒音・振動
実験線の走行時(浮上走行)の騒音は多少あるものの、国の基準の範囲内であり、のちに全面フードをすると言われているので問題ないと思われる、との報告を受けていた。
しかし現地で感じたことは、上記の内容とは異なった。下写真の場所(上黒駒)で調査中にリニア実験線が通過した。ズーン、ブーンという電気的な重低音が響いた。この音は過去に聞いたことのない種類の音で、強い違和感を覚えるものであった。
現場説明をしてくれたスタッフによれば、この音は浮上走行の音とのこと。タイヤ走行時には、凄まじい音が出るとのことだ。
現在は片側の軌道のみの運用で、連結車両数も少ない。営業運行においては、車両も増えるし、すれ違いも生ずる。その際の騒音がどうなるのかが心配とのこと。
日照問題について
高架による日照問題が生じており保証が行われている。日陰補償は二種類で、家屋日陰保障と、果樹日陰補償。家屋については日照時間が2〜3時間/日あれば補償対象とならず、件数は少なかったとのこと。果樹日陰補償は90筆54名が対象となった。
電磁波
電磁波の影響はないと説明を受けているが、環境影響評価以上の詳細なデータは示されていないとのこと。
観光資源としての可能性
笛吹市はリニア新幹線が地上を走る数少ない場所で、軌道の一部分は開放されており、リニア新幹線の走行車両を見ることができる。その場所を「リニアの見える丘」として舗装整備してある。視察当日も大きな望遠レンズを抱えた愛好家の方が、熱心にシャッターを切っていた。当該場所には今後、小さな公園を整備することも検討しているとのこと。
運よく実験車両が走行している場面に遭遇し、その貴重な姿を見ることができたが、これが観光資源として集客効果をあげられるものかどうかは、予想することはできなかった。
ただ、騒音の発生状況により、住民からカバーの設置を求められる可能性もあり、そうなればリニアが見える場所ではなくなってしまう。
所 感
トンネル湧水発生個所、枯れてしまった沢、残土捨場、リニアの見える丘等々、各ポイントを巡ったのだが、その道中に景色の美しさに目を奪われてしまった。都市部を取り囲むように丘陵地が広がり、そこにはモモやブドウの畑が広がっている。五月の頃には桃の花が丘をピンク色に埋め尽くすとのこと。リニアがなくとも、もともと豊かな観光資源に恵まれた場所である。その美しい風景の中で、リニア関連の諸施設は異質さが際立っていた。
とりわけ衝撃的だったのは、トンネル湧水の量である。トンネル湧水を排水している水路の写真は見たことがあったが、まさかこれがすべてトンネル湧水だと思っていなかった。これほどのトンネル湧水が発生しているのであれば、8地区10か所もの井戸枯れや沢枯れについても、納得ができる。
春日井市においては、リニアのトンネルの真上の土地についてのみ、井戸の調査が実施されているが、笛吹市の状況を見れば、それで充分だとは言えない。春日井市の地下水の利用状況の調査は、広範囲で実施しておくことが必要である。
地下水への影響が、これほど生じているとなれば、春日井市における懸念は亜炭鉱への影響である。現在、亜炭鉱の空洞には地下水が満たされていて地盤が保たれていると考えられているが、ここへの影響も想定しておく必要は、改めて感じた。
また、工事車両による影響についても、春日井市内で起こるであろう問題を予測するうえで、笛吹市の状況を学ぶ意義は大きい。笛吹市内を走行した工事車両はピーク時で450台/日と春日井で予定されている台数よりも少ない。
春日井で工事が実施されれば、同様の問題は出ることが予想される。今後さらに調査を進める。